「卑怯者」は死語になったのか


都議会でのセクハラ野次が問題になっている.野次そのものも問題だが,野次を飛ばした議員たちのその後の行動も批判されるべきである.ようやくその一人が野次を認めたが,同じような発言をしたものも他にいるはずであるが,彼らは逃げている.知らぬ存ぜぬを決め込んでいる.こういった行動をとる状況には次のようなものだろう.

  1. 本人は発言が問題だと思っていない.したがって,このことで問題視されること自体がおかしいと思っている.しかし,それを主張して表に出ると非難を浴びる.それを避けるためにほとぼりが冷めるまで知らん振りをする.
  2. 発言の拙さは自覚している.しかし,それを認めて表に出ると非難を浴びる.それを避けるためにほとぼりが冷めるまで知らん振りをする.

いずれにしても,自分の取った行動をごまかそうとするものだ.「正々堂々」,「潔い」という言葉の反対にある行為と言える.はっきり言えば

卑怯者たち

である.そして彼らの行動は

醜い

これは昨日になってようやく発言を認めた鈴木議員とて同じである.逃げ隠れ出来なくなったので自分の発言を認めたのだ.

今回の件でセクハラ野次を非難する声は多い.しかし,上のような観点で非難する声はあまり聞かない.

よく考えてみるがよい,彼らは都議会議員である.その給料と活動費は税金で賄われている.そして彼らの仕事は都政に関する立法に関するものだ.その中には教育についてのことも含まれている.そのような仕事をする人間が「卑怯者」であり,自分に向けられるであろう非難を避けるために嘘をついて知らん顔をしているのである.彼らに都政,特に教育問題などを語る資格はない.雲隠れしている人間を暴き出して,即刻議員辞職させるべきである.

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